「あをによし」列車の企画・開発を担当された奥山元紀さん(近畿日本鉄道)と列車のエンブレムデザインを担当された川西純市さん(サインズプラン)をお招きして、エンブレムの制作秘話、こだわりが詰まった「あをによし」の魅力について語ってもらいました。
インタビュー当日は、列車内をご紹介していただけるということで、東大阪にある東花園車庫へ特別にご招待いただきました。
◼︎企画・開発の経緯
奥山)奈良向けの観光列車が近鉄にはなかったので、この「あをによし」ができました。
当初、京都と奈良を結ぶ列車「京奈観光特急」ということで計画していました。また約3年前、コロナ禍以前は諸外国からの観光客も多かったため、インバウンド対応として、大阪難波から列車を出そうということになり、難波・奈良・京都を結ぶ観光特急にしようということになりました。
全84席の、ゆったりとした車内。
正倉院の宝物をモチーフとした天平文様で、歴史・文化を感じる優雅なひと時を。
◼︎列車のコンセプト
奥山)コンセプトは「くつろぎの歴史旅へ」。
正倉院の宝物をモチーフにした天平文様が溢れる車内は、乗った瞬間から奈良の歴史・文化を感じられます。地下鉄なんば駅から京都駅まで乗り換えありで、1時間ほどかかります。ですが、あをによしは乗り換えなしで難波から京都まで1時間20分かかります。時間がかかる分、移動時間を優雅なくつろぎの時間にしようということになりました。
歴史ロマンに思いを馳せながら、三都を巡るくつろぎの旅
「あをによし」は大阪、奈良、京都の3府県間を運行しています。
◼︎川西さんへ依頼の経緯
奥山)列車の内装デザインを担当している、㈱近創から川西さんを紹介していただきました。普段は、百貨店やホテルなどいろいろな店舗をデザイン・設計・施工をされている会社です。
川西)20年ほど前から一緒にお仕事をさせていただいていて、僕が独立してからも仕事をいただいていました。
今回は「電車のエンブレムを考えてほしい」と依頼を受けました。電車のエンブレムデザインなんてしたことがないですよね、誰も。聞いた時はとてもびっくりしました。デザイン案は10案ほど、結構な数を提出しましたね。
奥山)デザインといえば、オリンピックのメダルも。
川西)そうですね、メダルのデザインを採用いただいた後に、依頼の連絡がありました。メダルのイメージもあるので、そういった立体感のあるエンブレムができるんじゃないかということで、依頼を受けました。わざわざ言ってくださったということは、やはりメダルの印象が強かったのではないかと思います。
◼︎具体的なオーダー
川西)近創さんからの最初のオーダーは「花喰鳥が幸せを運ぶ」。花喰鳥というのは、ヨーロッパから来伝した吉祥文様。もう一つは「五弁花」。正倉院の宝物などに見られる花の模様。
この2つをモチーフとして考えてくれないかと言われました。最初は花喰鳥と五弁花、別々に分けて作っていました。制作途中で一緒にしてもいいのではと思いつき、五弁花を運ぶ幸せの鳥として一つに表現できないかという風に考え、デザインしました。
最終決定したデザインは、祝祭感がある、お祝いに持っていくような花束の形をイメージしました。実は10案の中でこれが一番気に入ってたんです。
◼︎仕事に対する姿勢
川西)デザイン案を10案作ったのですが、実は近創さんからオーダーがあった訳ではなく、僕から言い出したことなんです。10案くらい作らないと決まらないだろうと思いましたし、これが決まらなくても、これだけの数を頑張って作ったという納得感がありました。今思ったらすごいですね、えらい数を作ったなと思います。
というのも近鉄さんが、このプロジェクトにすごく力を入れているというのは、以前から聞いていました。コロナ禍以前は、訪日外国人、特に中国人の観光客の方が日本にたくさんいらっしゃっていましたけど、みなさん観光地を回る際に、他の路線を利用されるんですよね。
奥山)他の路線を使って観光地を回るんです。乗り放題のチケットなどを使って。
川西)既に多くの人に利用されている路線がある上で、そうじゃない電車を作るとは、さすが近鉄さんだなと。やるからには、観光に訪れる方に日本の素晴らしさを見てもらいたいという想いがあったのだと思います。特に近鉄線は一番重要なルートを通っている。「青の交響曲」なども作られてますが、あえて奈良でやるという意味を考えた時に、強い心意気を感じました。
◼︎コロナ禍での動き
川西)デザイン案を提出後、新型コロナウイルス感染拡大の影響によって、半年ほど連絡がありませんでした。デザイン案を出しっぱなしで、ずっと音信不通で。列車自体が中止になったのかと気になっていました。
奥山)そもそも外国人観光客も乗せようとしていた列車、ところがコロナで外国人観光客がゼロになってしまった。会社的にも非常に苦しくなりましたが、プロジェクトがボツになるということはありませんでした。他の計画はボツになったものもありましたけどね。
これだけは聖域扱いでした。材料の入荷遅延などの問題もあって、工事が遅れることはあったのですが、プロジェクトとしては続いていました。
川西)自分の仕事も止まっているし、デザインも投げっぱなしで、私に何の情報も入ってこなかったのですが、皆さんも同じ状況ですし、諦めにも近いような感じでしたね。でも、ある日突然、連絡が来て「もう3つに絞り込んでます」と。「よかった。生きてたんだ、このプロジェクト!」と思いました。
奥山)他にもいろいろな課題があって、エンブレムは後回しになっていました。
川西)それどころじゃなかったんでしょうね。これを決める前の段階で、内装のデザインなどが決定されていたと思うので。
◼︎デザインを選んだ決め手
奥山)デザインを決定する際、いくつか候補がありましたが、僕もパッと見た時にこれが一番輝いて見えました。実は、あをによしの元になった特急車両12200系「新スナックカー」にも、決定したエンブレムと同様、羽のようなエンブレムがついていました。それを彷彿とさせるようなデザインで、これに決まって非常に良かったと思っています。
新型コロナウイルスの蔓延、ウクライナでの戦争など非常に暗い世相の中で、花喰い鳥が幸せを運んでくれる、ある意味、この列車が幸せを運ぶ存在になってくれたらいいなと。ちょうど我々の想いと川西さんがエンブレムに込めた想い、祝祭感というものが、うまく合致したと思っています。
川西)コロナ禍の当時は、すごく暗い雰囲気でした。誰も外出していないし、本当にどうなるんだろうという不安もありました。それをなんとか打開したいという気持ちもありました。
◼︎意識したところ
川西)最初は鳳凰の形を作ろうとしていました。
鳳凰は強いイメージがありますし、幸せを運ぶというテーマなので、羽を広げて飛び立って行くように。広げ過ぎたら、あをによしの元になった特急のエンブレムのような形になってしまうので、横に広がらず、上に、放射線状に上がっていくというところを意識しました。
また、このエンブレム、実は黄金比になっているんです。完成後、点と点をつないでみたら、偶然にも黄金比になっていました。左右対称というのは最初から指示がありました。電車につくエンブレムなので、中心から同じ形になるように。それを意識しました。
◼︎苦労したところ
川西)デザインの3D化には苦労しました。
エンブレムが立体になった時に、どう光って見えるか、平面図の状態じゃ分からないので、イメージ図を作りました。ここに光が当たらない場合は、逆にここが光るのかなという風に考えながら、頭の中で想像するしかなかった。断面図をある程度描いて、それを奥山さんに相談して、形にしていただきました。
細かく角度の調整をしていただいたのですが、本当に自分が思っているドンピシャの形、そのままに作っていただいていてすごいなと思いました。そこは苦労しましたし、苦労しがいがあったところだったと思っています。
◼︎デザインのこだわり
川西)バランスにはこだわりました。花の形のバランスと、パーツそれぞれの距離感のところ。
デザインを依頼されたときに、ベースが必要だと言われました。
デザイン画のままで作ると、パーツがバラバラになってしまうので、ベースがあって、その上に乗っかっているという風にしました。パーツの位置をミリ単位で調整していくのですが、どうしても縁がくっついたり、離れたりしてしまいます。さらにちょっとずつ動かしていくと、形が変わってしまうので、そこの調整に時間がかかりました。何よりもかかりましたね。
◼︎エンブレムのこだわり
川西)デザインを3D化する上で、ここは山型に、ここは光らせたいという思いを込めてイメージ図を描きました。それを奥山さんに昇華していただきました。
奥山)ピンクの部分、青の部分、五弁花は角度の指定があったのですが、緑の部分は指示がなかったので、立体的に見えるように、部分的に微妙な勾配をつけてもらうなど、わがままを言いました。
川西)それがすごく綺麗だったんですよ、五弁花の先端も山型に尖っていて。
奥山)勝手にアレンジさせていただきました。
図面ではなかなかイメージが湧かなかったのですが、鋳物の原型の検品に行った時に、明確なイメージを掴めたので、工場ではいろいろ調整をお願いしました。
◼︎ダイカンへ依頼の経緯
川西)ダイカンさんに依頼する前に、デザイン画を見た近創の方に「これ、どこで出来るの?」って聞かれて「ダイカンさんしかいないんじゃないの」ってポロッと僕が言ったんです。
以前にダイカンさんに仕事を依頼した際、製品の出来がすごく素晴らしくって「ダイカンさんだったら、出来そうですよね」と。
奥山)どの会社に依頼したらエンブレムを作ってもらえるのか、我々近鉄も㈱近創も分かりませんでした。
そこで、うちの関連会社で、主に広告関係の仕事を請け負っている㈱アド近鉄という会社に相談をかけたところ、ダイカンさんのお名前が出ました。たまたま川西さんもお名前を出していらっしゃったということで、㈱アド近鉄を通じてダイカンさんにお願いしました。
◼︎造形のこだわり
奥山)造形のこだわりは角度というよりも、どちらかというと材料的なところにあります。砲金を使うというところ。いろいろな材料がありますよね、金属や樹脂。樹脂の上から塗装するというのもあります。ですが、ここはやはり重厚感のある砲金を選びました。決して作りものではない、作りものではありますが、メッキしたようなものではない。素材そのもので、砲金本来の輝きというのがこだわりですね。
形は川西さんにしていただいてるので、それをいかに綺麗に見せるかっていうところが課題でした。砲金なので確かに風化もしますけども、風化した姿も私は楽しみです、見てみたいなと思います。
◼︎検品時の感想
奥山)完成品の検品のために工場へ行き、エンブレムが見えた瞬間、感動しました、光り輝いていて。改めて砲金にしてよかったなと思いました。あれは本当に感動の一瞬でしたね。本当に。すごく煌びやかに輝いていて。
川西)ただ置いているだけで、色んな光を集めて輝くんですよね。
奥山)なかなかないですよ。品物を見て、あそこまで感動することなんて。
ダイカン)よかったです。磨きがいがありました。
◼︎設置後の感想
奥山)工場で綺麗に光り輝いていたエンブレムがついたというのは、めちゃくちゃ嬉しかったですね。
川西)車体のボディに合わせてエンブレムのベースも丸くなっているんですね。
奥山)あをによしは車両の顔がフラットではなく、上下が曲面になっています。鋳物もそれに合わせて表面も裏面も3D加工する必要があるのですが、角度をうまく修正してもらってるんですよ。
川西)すごいですね。そういう一見分かりづらいところを、ものすごく苦労されてると思うのですが、作るのは大変だったんじゃないですか?
ダイカン)いえ、楽しかったですよ。
いただいたイメージ図を元に、パーツごとに勾配の断面図を描きました。頭の中で立体化していったのですが、思い描いていたものが段々と出来上がっていく様子は面白かったですね。
川西)そういう想いを形にしてもらって、作る方がデザインするよりも、絶対大変だったと思います。メーカーさんに任せっぱなしにしてしまうことが、僕もたまにあるので、そこがすごく、ありがたいですし、形にしていただくことが、なんと難しいことか。
◼︎エンブレムの点数
奥山)それは、もう100点以上ですよ。
川西)同じくです。
奥山)100点までしかつけられなかったら、100点です。150点だったら150点です。
川西)聞くのも野暮じゃないですか。
奥山)もうちょっと安かったらよかったんですけどね。
ダイカン)すみません、金属の高騰もあって。
川西)高くてもいいんですよ、ダイカンさんは。
ダイカン)ありがとうございます。
奥山)「こんなにも値段がするのか」と最初は驚きましたが、ものが出来て、電車に取り付けたものを見たら、誰も文句言わないですよ。
それだけのものだったので。
◼︎あをによしの魅力、これから・・・
川西)内装ももちろんいいですが、僕はやっぱり外装のメタリック感が魅力的だなと。
平城宮跡の前を通る時の、緑との調和が素晴らしくって。ザ・奈良時代のイメージとばっちり合っていて、しかも現代的に見えるんですよね。昔の奈良のおしゃれ人、貴婦人のような、衣を纏ってそこを通っていたかのような、そういう気品があって。
列車と風景との馴染み具合が、最高にいいなと。これが僕の思う魅力ですね。
奥山)やっぱりこの外装。ホームに入ってきた瞬間、まずこのエンブレムに目が行くんですよ、キラッと光って。それと紫のボディ。乗車すれば奈良を感じられるというところが魅力です。
ただ残念なのは、乗車時間が短いところ。最大でも1時間20分なので、ぜひ何度かご乗車いただきたいですね。近鉄の観光列車のうち、改造車両で本格的な観光列車というのは、「青の交響曲」に続いて2つ目になります。これからも皆様に是非ご愛顧いただければと思います。
奥山)実は完成後、プライベートでも乗車したのですが、乗ってる時に皆さんの楽しそうな顔を見ると、めちゃくちゃ嬉しいですよね。作ってよかったなと思います。
それが一番の糧になりますね。